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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3117号 判決 1991年3月19日

原告 オリエンタル・ファイアー・アンド・マリーン・インシュアランス・カンパニー・リミテッド

代表取締役 ヘエ・ミュン・リー

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 高橋正明

佐鳥和郎

被告 関汽外航株式会社

代表取締役 有井晋

<ほか一名>

右二名訴訟代理人弁護士 平塚眞

錦徹

細井為行

津留崎裕

小林深志

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

(被告関汽外航に対しては運送契約の不履行による損害賠償として、被告エビス・マリナに対しては運送契約の不履行による損害賠償または不法行為による損害賠償請求として)

被告らは、連帯して、次の各金員及びこれに対する被告関汽外航は昭和六三年六月一〇日から支払済みまで年六分の、同エビス・マリナは同年一一月二二日から支払済みまで年五分の遅延損害金を支払え。

原告オリエンタル・ファイアー・アンド・マリーン・インシュアランス・カンパニー・リミテッドに対し、一億四二九一万〇七七八韓国ウォン

原告デーハン・ファイアー・アンド・マリーン・インシュアランス・カンパニー・リミテッドに対し、九九六万一二四七韓国ウォン原告パン・コリア・インシュアランス・カンパニー・リミテッドに対し、二六六三万三九五四韓国ウォン

原告アンクック・ファイアー・アンド・マリーン・インシュアランス・カンパニー・リミテッドに対し、一九九三万四四八四韓国ウォン

第二事案の概要

一  事案

本件は、昭和六一年四月から五月にかけて、貨物船ジャスミン号(本船)がインドネシアから韓国に運送したライスブラン・エクストラクション・ペレット(米糠のペレット。本件貨物)に生じた損害について、船荷証券の所持人である荷主が船荷証券上有する権利を保険代位により取得したと主張する原告らが、被告関汽外航に対しては、船荷証券で表章される運送契約上の債務の不履行責任として、また被告エビス・マリナに対しては、船荷証券で表章される運送契約上の債務の不履行責任又は不法行為責任として、損害賠償金の支払を求めるものである。

二  争いのない事実

1  (船主及び定期傭船者)

被告エビス・マリナは、本船の船主(船舶所有者)であり、被告関汽外航は、本船の定期傭船者であった。

2  (船荷証券の発行及び記載内容)

インドネシアのシレボン港の船舶代理店カリマタは、昭和六一年四月二六、二七日に、本件貨物についての船荷証券(本件船荷証券)に署名した。

右の署名は、船長のために(FOR THE MASTER)という表示のもとにされている。

船荷証券の上部には、KANSAI STEAMSHIP COMPANY、LTD BILL OF LADINGの表示がある。

3  (準拠法)

本件船荷証券裏面約款二条により、日本法が準拠法として指定されている。

4  (本船の航行)

船長は、本件貨物三三〇〇メトリック・トンを本船に撒積の方法で積載し、昭和六一年四月二七日シレボン港を出航し、同年五月八日、韓国のインチョン港に入港した。

5  (船側外板沿いの内張り)

船長は、本件貨物の積み付けに当たり、側板沿いに内張りをしなかった。

6  (陸揚げ前のガスによる燻蒸)

荷受人は、本件貨物の荷揚げ前の昭和六一年五月八日一六時から一〇日一六時にかけて、燻蒸業者をして、本船の船倉を密閉させて、本件貨物について冷却したガスによる燻蒸を行わせた。

7  (貨物の損害の発見)

燻蒸の後、荷揚げ前に、本件貨物のうちの船側外板沿いの一部及び船倉内の貨物頂部表面に濡れ、固化、変色、黴付きの損害が発見された。

8  (荷揚げ後の損害の発生)

本件貨物を陸揚げした後、損害の生じたものを除外し正常貨物とされたものについて、陸上の倉庫に保管していたが、黴がつき使用できなくなった。

三  争点

1  (船荷証券上の運送人)

被告関汽外航は、本件船荷証券により表章される運送契約の当事者(運送人)であるか。

2  (貨物の船側外板沿いの損害の原因)

(一) (運送品の隠れた瑕疵1・貨物の高温(国際海上物品運送法四条二項九号による被告の主張))

(1) 本件貨物は、船積み作業前から四〇度Cの高温であったか。

(2) 貨物が四〇度Cの高温にあれば、冷たい海水との温度差によって、船側外板沿いに結露が生じ、貨物が濡れて腐るか。

(3) 船積み作業に当たった船員は、次の理由で、貨物の高温に気付かなかったもので、隠れた瑕疵に当たるか。

(ア) 陽炎が立っていなかった。

(イ) 風力二ないし三の微風が吹いていたから、熱が発散した。

(ウ) 気温と貨物との温度差が一〇度C以内であった。

(エ) 作業する甲板が五〇度C近い温度となり、その雰囲気の中にいる船員には、貨物の高温が分からなかった。

(オ) 荷送人の担当者が船積み作業の現場に来ていたが、異常を訴えなかった。

(二) (運送品の隠れた瑕疵2・貨物の腐敗(国際海上物品運送法四条二項九号による被告の主張))

(1) 本件貨物は、船積み前から発酵ないし腐敗を始めていたか。

(2) 本件貨物は、船積み前には、変色かび等が見られず、腐敗に気付かなかったもので、隠れた瑕疵があったか。

(3) 発酵ないし腐敗があれば、本件のような変色、かびなどが発生するのは不自然ではないか。

(三) (貨物損傷防止義務・船側外板沿いの荷敷(ダンネージ)設置(国際海上物品運送法四条二項但書による原告の主張))

(1) 貨物を赤道近くのシレボン港からインチョン港のような寒冷な気候の場所に運ぶ場合は、船体は海水に冷やされて発汗するのが通常であるか。

(2) 運送人は、外板と貨物との空隙を確保し、船体に発生した結露と貨物とが接触しないようにし、また、結露した水分の排出を可能とし、さらに、外板と内張りとの空隙を通じて換気を可能とするため、外板沿いに板を張り付けて内張りを施す注意義務があったか。

(3) このような荷敷(ダンネージ)を設置していれば、貨物に隠れた瑕疵があっても、貨物の損害は生じなかったか。

(四) (貨物損傷防止義務・換気(国際海上物品運送法四条二項但書による原告の主張))

(1) 船長は、外気の露点が船倉内の露点よりも低い時点を選んで換気を行う義務があったか。

(2) それを怠ったか。

(3) 貨物に隠れた瑕疵があっても、右の注意義務の違反がなければ、貨物の損害は生じなかったか。

(五) (貨物損傷防止義務・その他(国際海上物品運送法四条二項但書による原告の主張))

(1) 船長は、船倉内の清掃、雨中荷役を避けること、甲板上の天幕の使用、貨物を高温の場所に近づけないこと、通風を妨げる積み付けをしないこと、マットでおおうことなど損害防止を図る注意義務があったか。(原告平成元年12月25日付け準備書面二(4)の主張)

(2) それを怠ったか。

(3) 貨物に隠れた瑕疵があっても、右の注意義務の違反がなければ、貨物の損害は生じなかったか。

3  (貨物の頂部表面に生じた濡れ損等の原因)

(運送品の隠れた瑕疵1・貨物の高温(国際海上物品運送法四条二項九号による被告の主張)及び運送品所有者の使用する者の行為(国際海上物品運送法四条二項六号による被告の主張))

貨物の頂部表面に生じた濡れ損等の原因は、貨物が船積み前から高温であったことと、荷受人が燻蒸業者をして、船倉を密閉して燻蒸したため、消毒に用いる低温のガスと貨物との温度差によって結露を生じたことにあるか。

4  (荷揚げ後の貨物の損害の原因(国際海上物品運送法三条一項による原告の主張))

荷揚げ後の貨物の損害の原因は、貨物の運送における注意義務の違反にあるか(貨物の高温や倉庫での保管方法には原因はないか。)。

(以上のほか、損害の範囲・額、保険代位の成否等の争点がある。)

第三争点に関する判断

一  争点1(船荷証券上の運送人)について

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  船舶代理店カリマタが本件船荷証券に署名するに当たりした船長のためにという表示は、一般的に、船主が船荷証券で表章される運送契約の当事者本人(運送人)であることの表示であると理解されている。

証拠《省略》

2  船長は、船長に選任されたことによって、法律(日本法の場合商法七一三条一項)の規定に基づき、船主から包括的な代理権を取得し、船主の法定代理人となる。

3  本件定期傭船契約には、次の記載がある。

「船長は、傭船者ないしその代理店に対し、メーツ・レシートまたはタリークラークス・レシート及び本傭船契約書に従って、船長のために船荷証券に署名する権限を与えることが合意された。」

証拠《省略》

4  被告関汽外航とペーター・クレーマー・ベルラハトウンクスコントルとの間において結ばれた本件穀類航海傭船契約(本件貨物をシレボンからインチョンまで運送する内容のもの)において、本件定期傭船者被告関汽外航は、本件航海傭船者ペーター・クレーマーないしその代理店(本件では船舶代理店カリマタがこれに当たる。)に対し、船長のために船荷証券に署名する権限を与えた。

証拠《省略》

5  本件船荷証券には、船主/船長を代理した船舶代理店カリマタが運賃を受領した旨の署名がある。

証拠《省略》

6  本件船荷証券には、次の内容のいわゆるデマイズ・クローズがある。

「本船が関汽外航により所有または裸傭船されていない場合には、これに反する記載にかかわらず、本件船荷証券は、関汽外航の代理行為に基づき、本船船主または裸傭船者を契約当事者としてこの者としての契約としてのみ効力を有し、関汽外航は、本船船主ないし裸傭船者の代理人としてのみ行為し、上記契約に関するいかなる責任も負わない。」

証拠《省略》

7  定期傭船契約が結ばれている場合でも、船長以下の船員を指揮監督する権限は、船長等を雇用する船主に属する。

証拠《省略》

8  本件船荷証券には、荷受人としてネガラ・インドネシア銀行の名が記載され、通知先として、本件貨物を買い受けた韓国の飼料会社(原告が保険金を支払った荷主)の名が記載された。

証拠《省略》

以上認定した事実によれば、本件船荷証券の上部のKANSAI STEAMSHIP COMPANY、LTDの表示は、本件船荷証券の記載からみて、定期傭船者を示すものであるにとどまり、本件船荷証券上で運送人として責任を負うべき者として表示されているのは、船主であって、定期傭船者ではないものというべきである。

そして、本件船荷証券と同様に、定期傭船者の社名を付してはいるものの、証券の上で、運送人としての責任を負う者を船主に限定する船荷証券は、海運実務において多数存在する。したがって、海運の実務に通じない一般人であればともかく、いやしくも船荷証券を取得することにより取引に入る者が、船荷証券上の運送人が船主であることを誤認するとは考え難い。そうすると、船荷証券面上に定期傭船者が運送人であるかのような外観が作出されているとみて、表見的な責任の法理を適用する必要も存在しないものというべきである。

そして、右3記載の定期傭船契約の条項は、船主が自己を責任者とする船荷証券を発行する権限を定期傭船者等に与える趣旨のものであると解される。したがって、定期傭船者が、船主の意思に反して、運送人としての責任を船主に負担させる等の弊害も問題とする必要がない。

また、定期傭船契約においては、定期傭船者は、いわゆる商事事項について船長に対する指示権を持ち、また、船舶をどの航路に配置するかという権限を有するが、このような権限が定期傭船者にあることの故に、当然に定期傭船者が船荷証券上の運送人の責任を負うとの結論が導き出されるのではない。定期傭船契約は、海事に関する専門的な知識経験を基礎として提供される役務の利用を目的とする契約であって、本来海事に関する専門的知識経験に委ねられるべき事項は、船舶全体を占有し、これを支配する船主の責任において処理されるべき事柄であり、これらの事項について、定期傭船者は主体的に関与することはない。このことは、航行や船舶の取扱いなどのいわゆる海技事項において妥当する(国際海上物品運送法三条二項参照。したがって衝突責任は船主が負担すべきである。)ばかりでなく、一般的に商事事項とされる貨物の船積み、積み付け、保管、荷揚げ等であっても変わりはない。定期傭船契約でこれらの商事事項の一部(船積み、積み付け、荷渡し)を傭船者の側で行なうことが合意されている場合は、ともかくとして、そうでない場合は、貨物の船積み、積み付け、保管、荷揚げ等の業務の中で専門的な知識経験を要する分野について、定期傭船者自身が船長以下の船員に対して指示するのは、それらの行為の商事的な側面であって、それらの行為の専門技術的な側面について、定期傭船者が指揮監督できる能力を有しないのが通常であり、そのような能力を要求されてはいない。このようなことから、商事事項に関する分野において、貨物の損害が生じた場合には、その賠償責任の負担を、船主と定期傭船者の間で公平に分かつ必要が生じ、両者間には、その分担に関する約定が結ばれることがある。しかし、そのような損害の最終的な分担関係は、船主と定期傭船者との間の内部関係にとどまるのであり、そのような内部関係において、定期傭船者が船主に対して、船主が荷主に賠償した金額の求償に応じることがあるからといって、対外関係において、契約関係の成立を待たないで当然に、定期傭船者が荷主に対して直接責任を負わねばならないものではない。

そして、国際海上物品運送法三条一項の運送人の責任は、運送人と船長以下の船員との間に使用関係があることを要件としており、定期傭船契約により、いわゆる商事事項について定期傭船者と船長以下の船員との間に設定される関係は、雇用関係ではないものの、右の使用関係であるといいうる。しかし、船荷証券における運送人は、船荷証券の解釈により定まるのであって、国際海上物品運送法三条は、船荷証券において運送人とされていない定期傭船者を、船荷証券上の責任者とするまでの効力を有するものではない。したがって、定期傭船者を運送人としてその名において船荷証券の署名がなされた場合の船荷証券上の運送人の責任や、定期傭船者が航海傭船契約(一種の運送契約である。)を結んだ場合の航海傭船契約上の運送人の責任については、国際海上物品運送法三条の適用があるが、船主を運送人とする船荷証券について、同条の規定を根拠に定期傭船者に船荷証券上の責任を負わせることはできない。

そしてまた、船主には、船体及びその属具という海産が存在し、これは、船主の船荷証券上の運送人としての責任の引き当てになる。しかし、船体及びその属具は、定期傭船者が占有し、所有する物ではないから、定期傭船者が運送人としての責任を負う場合でも、これらの海産がその責任の引き当てになるものではないし、船舶先取特権のように船舶自体がいわゆる物的責任として、運送人の負うべき責任を負うものでもない。したがって、定期傭船者を船荷証券上の運送人とする場合に比較して、船主を船荷証券上の運送人とすることの方が、債権者の保護に欠けることになるとはいえない(定期傭船者を運送人とすると、運送人になんらの資産がない場合にも船舶を差し押さえて債権の回収を図ることができず、かえって債権者に不利となる。)。

このようにみてくると、運送人を船主とする本件船荷証券の効力を否定するべき事情は発見できないから、本件船荷証券は、その文言のとおり、船主である被告エビス・マリナを運送人とするものであって、定期傭船者である被告関汽外航は、本件船荷証券上の運送人ではないものというべきである。

なお、本件のデマイズ・クローズのように、運送人を船主に限定する約款は、船荷証券上の運送人を不明確ならしめるものではなく、運送人の責任に制限を加えて、国際海上物品運送法一五条一項に掲げる同法の規定の効力を妨げるものでもないから、同法一五条の特約禁止に触れるものではない。したがって、右のデマイズ・クローズは、その内容どおりの効力を有するものである。

二  争点2(船側外板沿いの損害の原因)について

1  まず、本件貨物が、船積み作業前から四〇度Cの高温であったかどうかについて検討する。

(一) 本船が出航した翌日の昭和六一年四月二八日午前八時頃、本船の一等航海士は、船倉内が異常に高温であるのに気付き、三等航海士とともに船倉内に入って、一メートルの長さの温度計を一メートルないし五〇センチメートル貨物に差し込んで、本件貨物の温度を測った。その結果は、外気の温度三〇度Cをはるかに上回る四〇・五度Cの高温であった。

証拠《省略》

(二) 出航から右の計測まで約二〇時間しか経過しておらず、その間に、貨物の外部から熱が加えられる可能性は認められない。また、細菌が繁殖すれば、本件貨物の内部から温度が上昇することもあるが、細菌が繁殖するには、温度のほかに、水分が必要であるところ、本件貨物の正常品の水分量は、一一・五パーセント程度で、この水分量程度で細菌が急激に増殖することは経験上考えられないから、細菌の繁殖による温度変化も考えられない。

証拠《省略》

(三) 船長は、航海中の昼間、天候が悪化した時期を除き、ハッチを開放して、本件貨物の温度上昇を防いだが、貨物の温度は、三七度から四一・三度Cの間で推移し(毎回の計測場所は異なっていた。)、インチョン港で陸揚げした際に計測したときも、貨物の中心部に最高四一度Cという高温を呈する貨物が相当量あった。

証拠《省略》

右に認定したところによれば、本件貨物の一部は、船積み作業前から高温であったものと認められる。

原告は、本件貨物を陸揚げしたとき、貨物の内部には、通常の温度(積み地の気温程度の温度三〇度C)の貨物があったとして、高温の事実を否定している。しかし、多量に積み込まれた貨物の中に、高温のものと通常の温度のものがあったとしても、なんら不思議ではないから、原告の指摘する事実のみでは、右の認定の妨げとはならない。

2  そして、撒積されたペレットである本件貨物が四〇度Cの高温であると、海水により冷やされた(海水温度は、二九度Cから一二度Cの間であった。)船側外板に結露が生じ、貨物が濡れて損害を生じることは明かである。

3  そこで、船積み作業に当たった船員が、貨物の高温に気付かなかったもので、隠れた瑕疵に当たるかどうかを検討する。

証拠によれば、船積み時の状況は、次のとおりであったものと認められる。

(一) 貨物からは、陽炎が立っておらず、高温であることを示す状況がなかった。

証拠《省略》

(二) 風力二ないし三の微風が吹いており、熱が発散した。

証拠《省略》

(三) シレボン港の気温は約三一ないし三五度C、船倉内の気温は四〇度C台前半で、非常に暑かった。

証拠《省略》

(四) 作業する甲板は、五〇度Cから六〇度Cにもなり、その雰囲気の中にいる船員には、貨物の高温が分からなかった。

証拠《省略》

(五) 荷送人の担当者が船積み作業の現場に来ていたが、異常を訴えなかった。

証拠《省略》

右に認定した状況からすると、本件貨物が高温であったことに本船の船員が気付かなかったについて、落ち度があったとはいえず、本件貨物の瑕疵は、結局、隠れた瑕疵であったというべきである。

4  そこで次に、船側外板内側の荷敷(ダンネージ)の設置義務の有無について、判断する。

原告は、運送人は、外板と貨物との空隙を確保し、船体に発生した結露と貨物とが接触しないようにし、また、結露した水分の排出を可能とし、さらに、外板と内張りとの空隙を通じて換気を可能とするため、外板沿いに板を張り付けて内張り(荷敷(ダンネージ))を施す注意義務があったと主張し、甲一七及び甲賀鑑定人も同旨の見解を述べている。

しかし、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 荷送人は、本船側に内張りを施すことを要請しなかった。そして、本件航海傭船契約では、荷敷(ダンネージ)の備え置きを要求する条項がわざわざ削除されている。

証拠《省略》

(二) 原告アンクックが依頼した鑑定人の作成した甲三1には、内張りが施されていないことが損害の発生原因であるとの指摘はない。

証拠《省略》

(三) 船側外板沿いの内張りなどの荷敷(ダンネージ)設置が必要となると、荷役に費用と時間とが著しくかさみ、荷役費用と時間との節約のため撒積運送を選択した売買当事者の目的が、達せられなくなる。

証拠《省略》

(四) かつては、撒積による穀類の運送において、船体発汗による貨物の損害が発生していたが、荷送人が、船積み前の貨物の管理を厳重にし、温度及び湿度を低く保った貨物を船積みすることにより、運送途中の船体発汗の事故は、極めて少なくなっている。そのため、穀物類の撒積の方法による運送において、運送人に対して、船側外板内側に板を張るなどの荷敷(ダンネージ)の設置を求められることはなくなった。

証拠《省略》

以上の事実が認められ、これらの事実によれば、運送人が原告主張の荷敷(ダンネージ)を設置する義務があったとは認められない。

なお、甲賀鑑定人は、穀類の入った袋の一部を解かないで、船側に積み上げ、貨物と船側外板との間に空隙を確保すべきであったと述べる。しかし、荷送人は、撒積による運送を求めたのであって、そのような特殊な方法による運送を求めたのではない。また、右に認定したように、荷送人が船積み前の貨物の管理を適切に行うことにより、撒積の貨物を船側外板に接触させていても、発汗の損害は発生しないものと認められる。したがって、右の見解は採用できない。

5  そこで、次に換気について判断する。

原告は、外気の露点が船倉内の露点より低い時点を選んで換気する義務があったのに、これを怠ったため損害が生じたと主張する。

しかし、前記認定のとおり、船長は、航行中、昼間を選んで、ハッチを空け、換気したものであり、このような換気の措置が不適切であるということはできない。そして、このような特別の換気の措置をとっても、貨物の温度は、なお、高温であり続けたものであるから、換気の不十分であることが、本件貨物の損害の原因であるということは困難である。

6  そして、最後にその他の損害防止義務の有無について、判断する。

原告の主張する点について検討する。

(一) 船積み前船倉内がクリーンで積みつけに適した状態にあった。

証拠《省略》

(二) 雨中荷役が行われた事実を認めるべき証拠はない。

(三) 本船船員が貨物を高温の場所に近づけた事実も、認められない。

(四) 貨物を板やマットでおおうと、かえって貨物の損害が発生する可能性があり、荷主は、一般に、そのような措置をとらないよう求めている。

証拠《省略》

以上認定したように、その他の防止義務違反の事実も認められない。

なお、撒積で運送する場合は、貨物の大部分が通風の効かない状態で積まれるのである。甲六の「船舶載貨法」には、穀類の撒積運送における船体発汗等の防止法について記載されているが、その記載は、前述のような荷送人による穀類の撒積運送における発汗防止の措置が一般的となる以前の記述であると考えられるので、採用できない。そして、次の証拠によれば、このような穀類の安全な撒積運送が一般的になっている現状では、航海期間という制限内であれば、通風の効かない状態で運送しても、貨物の損害が生じるものではなく、多くの穀類運送は、本船と同様の自然通風装置の船舶で、船側外板に直接穀類を接触させて撒積し、運送していることが認められるので、この点に関する原告の主張も採用できない。

証拠《省略》

三  争点3(貨物の頂部表面に生じた損害の原因)について

ガスによる燻蒸前後の状況として、証拠によれば、次の事実が認められる。

1  ガスによる燻蒸前には、貨物表面の濡れ等を取除く必要がある。したがって、事故品であることを承知で、入港後直ちに燻蒸を行なうことはない。

証拠《省略》

2  インチョン到着の際、ハッチを解放して検査が行なわれたが、本件貨物には損害は認められなかった。荷受人の手配した貨物検査人も乗船して、船倉内の貨物を調べていたが、クレームをつけなかった。しかし、植物防疫官が検査した結果、有害虫が見つかったので、燻蒸を行なうことになったものである。(原告は、荷主側の者はこの時点では貨物の状態を見ていないという。しかし、有害虫が発見されなければ、燻蒸をする必要はないわけであり、有害虫が発見されたが、存在していた貨物の濡れ損、黴付き、固形化等の損害が発見されないなどということは考え難いから、原告の主張は採用し難い。)

証拠《省略》

3  本件貨物は、船積み前からの高温状態が続いていた。

証拠《省略》

4  燻蒸作業を終えてガスを抜いている間、船長は、船倉の鋼鉄製の部分の下部にたくさんの水滴が付いているのを確認した。貨物頂部表面は、ハッチ開口部(ハッチ裏)やハッチ縁材などの鋼鉄製の構造物の下の部分の濡れが多かった。

証拠《省略》

以上の事実によれば、船倉を密閉し、冷却したメチルブロマイドガスで燻蒸したため、ハッチ裏等に水滴が生じ、貨物表面に濡れ事故が発生したものと認められる。そうすると、貨物頂部表面の損害は、貨物の高温という運送品の隠れた瑕疵と燻蒸という貨物の所有者の使用者の行為によって発生したものと判断される。

四  争点4(荷揚げ後の貨物の損害の原因)について

陸揚げ後の貨物の状況について、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  倉庫内には、正常とされた貨物が保管されたが、その一部は、船積み前からの高温の状態が続いていた。

証拠《省略》

2  倉庫内には、貨物が天井近くまで山積みされており、貨物を平たく延ばし、空気に当てるなどの、冷やす作業は行われなかった。

証拠《省略》

3  外気に触れる貨物表面に結露を生じ、その部分に黴が発生した。

証拠《省略》

以上認定したところによれば、陸揚げ後倉庫内で生じた黴は、貨物が高温であり、これを冷却するなどの措置がとられなかったため、貨物の表面に結露が生じ、貨物が急速に吸湿したことによるものと認められる。

そうすると、この損害も、貨物の高温という運送品の隠れた瑕疵と陸揚げ後の貨物の管理という貨物の所有者の使用者の行為によって発生したものと判断され、運送人の行為と貨物の損害との間に因果関係を認めることはできない。

五  結論

被告関汽外航は、船荷証券上の運送人とはいえないので、そのほかの点を判断するまでもなく、同被告に対する請求は失当である。

そして、運送人である被告エビス・マリナに対する請求も、本件貨物の損害は被告エビス・マリナの使用者である船員の行為に起因するものでないので、理由がなく、認容することはできない。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 岩田好二 森英明)

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